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2014-11-18

インターネットはアメリカの研究者・技術者のアイデアに基づいている。アメリカの技術者が英語を用いて開発してきたゆえに、ソフトが英語(アルファベット表示など)を前提として組み立てられている。人々は頻繁にインターネットを閲覧してメールを受発信するようになった。そのことは世界の言語やコミュニケーションのあり方に影響を与えている。

まず、日本語にどのような影響があるか考えてみよう。日本語の書記法は徐々に横書きが浸透している。キーボードは横に配列になっているから、打ち込みやすいのは横書きである。さらにネットの画面は横書きである。若い人たちがパソコンで作成する文章、メールの文面、ライン上のやりとりは横書きである。小説などの文学作品を除いては、多くの日本語の本が、特に技術書ではほとんどが横書きになっている。

このことは日本語の文体に影響を与える。一番大きな特徴は英語をはじめとする横書きで書記される言語と親和性が高まったことである。つまり外来語がますます日本語に流れ込みやすくなったのである。日本語の文章でも英文を載せることがある。30年ほど前の文章ならば、日本語は縦書き、英文は横書きで書かれていた。そのために、あるときは本を横にして、あるときは縦にして読んでいた。今では、横書きに統一された本が増えている。日本語が縦書きであることが、英語からの過度の影響を防ぐ障壁であったが、その障壁が崩れつつある。(ただ、主に語彙への影響だけと思われる。統語法は昔ながらの日本語である)

日本語の段落の示し方も変化している。いままでは、文章を書く時は、段落のはじめを示すために1文字を繰り下げることで新しい段落の始まりを示していた。しかし、パソコンやスマートフォーンの画面では文字がぎっしりと並ぶと読みづらい。段落と段落の間は1〜2行ほど空間をあけた方が、はるかに読みやすくなる。すると段落各々の独立性は高まる。一つのテーマが一つの段落に該当する、という意識はネットに執筆することで培われていく。(通常のレポートでは全く段落なしの文章を書く学生がいる。そのような学生にブログを書かせると、段落がないと、どれだけ奇妙であるか分かるようになるだろう)

書籍や雑誌ならば紙代のことも意識しなければならないので、スペースを自由に取ることはできず、文字数の制限がある。ネットでは、ページ数はさほど意識しなくてよい。そのため、ネットでは納得のいくまで細かく説明することが可能になる。

ブログでは、投稿する版が最終版と考えなくてもよい。常に修正が可能である。コメントに対応して、内容の修正や誤字脱字などが簡単にできるようになる。それだけ、気楽に書ける。萌芽状態のアイデアでも投稿が許されるのである。例えば、このブログがそうである。

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