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次のような英文を書いたことがある。ある学会誌に投稿する論文の一部であった。ポライトネスに関する論文で、CMC (Computer-mediated Communication, コンピューターを介したコミュニケーション)では、顔が互いに見えないので、平等な関係になるという考えが、妥当かどうか検証した論文である。

It is generally believed that, in CMC, people communicate anonymously (without revealing their face) and, therefore, they come to stand on equal terms with each other.  The purpose of this paper  is to examine this conviction.

投稿前にイギリス人の先生に見てもらった。2箇所訂正するようにとの意見であった。

(1)without revealing their face → without revealing face

(2)conviction → assumption

この2つの点に関して幾つか考えてみたい。

(1)「正体を知らせる・顔を知られる」という意味で face を使うのは日本語ほど頻繁ではない。英語では identity を使うことが多い。英語では、face は「具体的な顔」を意味することが多くて、その場合は可算名詞となる。例、a round face, a sad face

face が不可算名詞として使われるのは、「体面」「メンツ」の意味の時である。lose face, save face などである。「自分の正体」を意味する時は、それと同類と見なされて、不可算名詞として用いられる。

their を取り去ったのは文意から「彼らの」正体であることは明白なので、不要となる。

(2)conviction は「確信」という意味で、確実なものであるから検証する必要はない。assumption は「想定」「憶測」の意味であやふやであるから、検証すべきである。


日英語の比較で、face とname いう語は面白いと思う。共通する使い方もあれば、微妙に異なる点もある。私見だが、日本では世間を気にする度合いが強いので、「面目丸つぶれ」「私の顔に免じて」「あわせる顔がない」「名折れ」「名を上げる」などの「顔」や「名」を用いた言い回しが豊富だ。英語でも、もちろん、あるのだが、日本語ほど豊富ではないようだ。

photo credit: H o l l y. day 100 via photopin (license)

 

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